薬物受容体とは
薬理学を理解する上で、「薬物受容体」の考え方を理解することは非常に重要です。
なぜなら、「薬と受容体の関係」を理解できれば、「薬の効果」を理論的に理解できるようになるとともに、「薬の副作用」も予想できるようになるからです。
臨床の現場では、投与した薬で副作用らしき症状が出た場合、「この薬はどの受容体に作用しているのか」という思考が、副作用の原因を推測する有効な方法の1つとなります。
例えば、統合失調症治療薬である「非定形」と言われる薬は、様々な受容体(ドパミンD2受容体、ヒスタミンH1受容体、アセチルコリン受容体、アドレナリンα1受容体など)に作用します。そのため「錐体外路症状、高プロラクチン血症、ねむけ、便秘、起立性低血圧」といった副作用が出やすくなります。
また、薬によって受容体との親和性(受容体が薬を引きつける程度)が違うので、当然副作用の起こりやすさも薬ごとに違います。
薬と受容体の関係性の知識があれば、副作用の少ない薬へ変更することを検討できるのです。
もちろん医薬品の中には、受容体を標的としないものもあります。
例えば重曹(炭酸水素ナトリウム)のように胃酸を中和することで胃潰瘍を予防したり(化学的作用)、酸化マグネシウムのように物理的作用で下剤としての薬効を発現するものもあります。ACE阻害剤やHMG-CoA還元酵素阻害剤のように酵素を標的とする薬もあります。
しかし、市販薬の約60%が後述するGタンパク質共役型受容体を標的としています。さらにイオンチャネル型受容体、チロシンキナーゼ型受容体、ステロイド受容体などを考えると、受容体に作用する薬は現在市場にある医薬品の7〜8割を占めるかもしれません。
このように、薬物受容体の理解は薬理学の全体像を理解する上で最も重要であるといえます。
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最初は仮説だった受容体
薬を投与するということは、体内に化学物質を入れて、人為的に化学反応を発生させることです。
それは普通、病気の治癒を期待してのことですが、お酒やタバコなどある種の快感を得るために使われることもあります。
人類と薬の関係はいつから始まったのか。
はっきりとした事は定かではありませんが、おそらく地上に人類が誕生し、樹上に木の実や果物を求め、地上でマンモスなどの食肉を追いかけていた時代から、人類は薬を利用してきたのではないかと考えられています。
また、人類は薬を発見する中で、天然に存在する毒によっても多くの犠牲を払ってきました。フグ毒(テトロドトキシン)、貝毒、毒キノコ、毒ヘビなど、古代人を取り巻く環境は毒だらけであり、「この食物は食べられるのか」ということを命がけで試しながら生き延びてきたのではないでしょうか。
考古学的な研究では、約4000年前のシュメールの時代に、当時の処方を彫りつけた粘土板が発見されています。また、約4800年前には中国で『本草経』という薬についての本が編集されています。
人類は膨大な時間と犠牲をかけて、天然物の中にある薬を発見し、毒と選別し、それをより多くの人が利用できるように得た知識を編纂してきたのです。
薬学という学問の誕生は、7世紀ごろからアラブ・イスラムで発展した「錬金術」に端を発していると考えられています。しかし、当時は植物由来の無機物、有機物が薬の主体でした。薬の研究は植物学を専門とする人々が担っていたのです。
「特定の疾患の治療を目的とする医薬品の合成と大量生産」を目的とする「医薬品の研究開発」が大きく進歩したのは、18世紀から始まった産業革命でした。
病の治療のため、莫大な富を得るため……理由は様々ですが、薬の開発は人類の大きな関心の一つであり、多くの研究者が医薬品開発に乗り出しました。
一般の人にとっては、「薬を飲んだら頭痛が治った」「お酒を飲むとストレス解消になる」だけで良いでしょう。
しかし、薬の研究者にとってはそれだけでは物足りません。新薬を開発するためには、「その薬がなぜ効くのか」というメカニズムが解明されなければならないからです。
そのためには、薬が細胞膜や細胞内成分とどのように結合して、その薬のもつ薬理作用が発揮されるかを明確にする研究が実施されなければなりません。
そのために、「受容体」という概念が提案されたのです。
薬物受容体の概念は、20世紀初頭、化学療法の創始者であるドイツのエールリッヒとイギリスの生理学者ラングレイによって提案されました。しかし、現在の薬理学の源流である「近代薬理学」にこの概念を導入したのは、イギリスの生理学者クラークでした。
薬物受容体の概念は、新薬開発に大きな貢献を果たしました。すなわち、受容体を仮説として作りだすことによって、薬が生体にどのような反応をもたらすのかを説明することが容易になったのです。
ところが、1970年代に入って、アセチルコリンを受け取るニコチン受容体の存在が認められ、受容体が実在することが証明されました。そして現在まで、様々な種類の受容体が発見されています。
受容体の役割
人間の身体は60兆個とも言われる細胞から構成されています。そのため、私達の生命が維持されるためには、膨大な数の細胞間で情報伝達がされていなければなりません。
細胞間の情報伝達は、神経伝達物質、ホルモン、オータコイドなどの化学物質によってされていますが、こういった物質が運んでくる情報を受け取るのが受容体の役割です。
受容体は神経や血液によって運ばれてきた情報を受け取り、それを細胞内へ伝達する働きをしています。
つまり、受容体が細胞外から運ばれてきた情報を受け取り、変換して、細胞内へ伝達することで、生体に様々な変化が起こるのです。
そのため、薬物受容体の多くは細胞膜に局在してますが、ステロイドホルモンの受容体など、細胞質や細胞核内に存在しているものもあります。
参考記事:薬物受容体の構造と細胞内情報伝達機構
アゴニストとアンタゴニスト
薬と受容体の関係を考える場合、薬はアゴニストとアンタゴニストという2種類の性質で分類できます。
神経伝達物質にはアセチルコリン、ノルアドレナリン、GABA、ドパミンなど様々なものがあります。それらは興奮性伝達物質と、抑制性伝達物質に分けられますが、1つの物質でも受容体の種類によって作用が異なることがあり、また興奮性か抑制性がはっきりしないものもあります。
アゴニスト(agonist)とは、伝達物質と同じ作用をもつ薬のことです。つまり、作用薬として受容体と結合し、薬理作用を発揮する薬のことです。
アゴニストは作動薬、刺激薬とも言われます。
逆にアンタゴニスト(antagonist)とは、抑制的に作用する薬のことです。つまり、拮抗薬として他の薬の作用を発揮させないようにする薬のことです。
アンタゴニストは、拮抗薬、遮断薬とも言われます。
また、パーシャルアゴニスト(部分アゴニスト)の性質をもった物質もあります。部分アゴニストはアゴニストとして受容体と結合しますが、薬理作用は最大には発揮されません。アゴニストが100%薬理作用を発揮するなら、部分アゴニストは60%しか発揮しないということです。もし、アゴニストと部分アゴニストが同じ受容体に結合しようとすれば、部分アゴニストはアゴニストの薬理作用を弱めます。つまり、アゴニストから見て相対的にアンタゴニストの作用を示すということです。
薬と受容体の親和性
受容体には、薬を引きつける性質があります。これを親和性と呼びます。
そして、薬と受容体には次のような関係があります。
「薬」+「受容体」→「薬・受容体複合体」
薬と受容体はある一定の割合で複合体を形成します。その割合をK1とすると、
ある薬と受容体との親和性が高ければ、k1の割合も高くなります。つまり、その薬がアゴニストなら、少ない濃度でもk1の割合が高くなり、薬効が強く表れます。
逆に、その薬がアンタゴニストなら、薬効が強く阻害されます。つまりK1の値は小さくなるか、マイナスになることもあります。
代表的な受容体
主要な医薬品の薬理作用において重要となる受容体を紹介します。
詳しい説明は各論を参照してください。
アドレナリン受容体
アドレナリンは、主に興奮状態の時、分泌される神経伝達物質です。
アドレナリン受容体は、交感神経や中枢にあるアドレナリン作動神経から遊離されるノルアドレナリン(ノルエピネフリン)やアドレナリン(エピネフリン)を受け取る受容体です。
アドレナリン受容体はα受容体とβ受容体に分けられます。
- α受容体:平滑筋の興奮状態に関わる(消化器を除く)
- β受容体:心筋を除く部分で抑制的に反応する
臨床上重要になるのはα1、α2、β1、β2、β3です。
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アセチルコリン受容体
アセチルコリンは神経伝達物質で、中枢神経系、運動神経末端で情報を伝達する重要な働きがあります。
アセチルコリン受容体にはニコチン受容体とムスカリン受容体があります。
ムスカリン受容体は医薬品と非常に関わりのある受容体です。
ムスカリン受容体作用薬は、術後の腸管麻痺、排尿困難、緑内障の治療などに用いられます。
一方、ムスカリン受容体拮抗薬は、鎮痙剤、消化性潰瘍治療薬、パーキンソン病治療薬、気管支拡張薬として使用されています。
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ドパミン受容体
ドパミンは中枢伝達物質の1つです。運動調節に重要な伝達物質であるとともに、精神活動への関与、脳下垂体からのホルモン分泌調節などに関与しています。
ドパミン受容体にはD1〜D5の存在が知られていますが、臨床で重要となるのはD2受容体です。
D2受容体
中枢神経系に存在し、ドパミンと強く結合すると
- 幻覚・妄想の発現
- 錐体外路症状の改善
- プロラクチン分泌抑制
- 嘔吐
などを引き起こします。
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セロトニン受容体
セロトニンには平滑筋収縮作用があるとともに、中枢神経で神経伝達物質としても働いています。
セロトニン受容体は、神経伝達物質受容体のなかで最も種類が多く、5-HT1〜5-HT7に14種のサブタイプが存在しています。
しかし、医薬品として重要となるのは
- 5-HT1A
- 5-HT1B/1D
- 5-HT2A
- 5-HT3
- 5-HT4
です。
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ヒスタミン受容体
ヒスタミンはアレルギー症状や胃酸分泌に関わる物質です。
ヒスタミンは身体の多くの組織に存在して、肥満細胞と好塩基球に多く含まれています。
肥満細胞は、外的侵入を受けやすい肺>皮膚>粘膜(気管支、胃粘膜など)に分布しています。
ヒスタミン受容体にはH1,H2,H3,H4の存在が知られていますが、臨床で重要となるのはH1とH2受容体です。
H1受容体
H1受容体は血管内皮細胞、平滑筋(腸管、気管支)、中枢神経に存在しています。
そのためH1受容体がヒスタミンと強く結合すると
- アレルギー症状(血管透過性亢進、平滑筋収縮)
- 脳の覚醒状態を高める働き
を引き起こします。
H2受容体
H2受容体にヒスタミンが強く結合すると、胃酸が過剰に分泌されます。そのため、胃潰瘍、逆流性食道炎などに関与しています。
医薬品としては、H1受容体拮抗剤とH2受容体拮抗剤が重要です。
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オピオイド受容体
オピオイドとはモルヒネなど麻薬性鎮痛剤の総称です。これらの薬や物質を受け取る受容体がオピオイド受容体で、現在、μ(ミュー)、κ(カッパ)、δ(デルタ)の3つに分類されています。
アンジオテンシン受容体
アンジオテンシン受容体は、高血圧と関わりのある受容体です。
アンジオテンシン受容体は、AT1受容体とAT2受容体の2種類に大別されますが、
主として血圧上昇に関与するのはAT1受容体です。
高血圧の黒幕と言われるレニンの関与によりアンギオテンシノーゲンからアンジオテンシンTが生成され、さらにアンジオテンシン変換酵素(ACE)の働きでアンジオテンシンUが生成され、アミノペプチダーゼの働きでアンジオテンシンVが生成されます。このアンジオテンシンU、アンジオテンシンVを受け取り薬理作用を発揮するのがAT1受容体です。
最も生理作用の強いものはアンジオテンシンUですが、これはAT1受容体を介して
- 血管収縮
- 副腎皮質からのアルドステロンの生成・分泌促進
といった作用を示し、血圧を上昇させます。