ムスカリン受容体刺激薬
ムスカリン受容体刺激薬とは、全身に広く分布するムスカリン受容体(M)受容体を介して作用を現す薬です。
医薬品の作用機序から考えて重要となるのは、ニコチン受容体よりムスカリン受容体です。
ムスカリン受容体に作用または拮抗する薬は多く、臨床でも頻繁に使われるからです。そのため、ムスカリン受容体刺激薬のことを、副交感神経興奮様薬ともいいます。
ムスカリン受容体を介する薬物は、その作用様式から以下のように2つに分類できます。
- 直接作用型:ムスカリン受容体刺激薬
- 間接作用型:コリンエステラーゼ阻害薬
ここでは、ムスカリン受容体刺激薬として有名な医薬品とその作用、副作用について説明します。
ムスカリン受容体刺激薬は、術後の腸管麻痺、排尿困難治療薬、緑内障治療薬などに使用されます。
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ムスカリン受容体刺激薬の作用
麻酔後の腸管麻痺
アセチルコリンは最も基本的な神経伝達物質であり、そのものが医薬品として使用されています。
代表はオビソート注射用0.1gで、1アンプル中にアセチルコリン塩化物0.1gを含有しています。
「医薬品例」
- オビソート注射用0.1g
効果・効能
- 消化管機能低下のみられる急性胃拡張
- 麻酔後の腸管麻痺
- 円形脱毛症
アセチルコリンはM 3受容体を刺激して、消化管運動を亢進させます。
またアセチルコリンは、皮内あるいは皮下・筋肉内注射により局所で血管拡張作用や末梢血管拡張作用を示します。血管が拡張し血液の流れがよくなるので、腸管麻痺の改善や円形脱毛症に効果があるわけです。
ただし、血管拡張作用は副交感神経の興奮によって起こっているわけではありません。
アセチルコリンによる血管拡張を仲介するのは、内皮細胞から遊離される内皮由来血管弛緩因子 endothelium-derived-relaxing factor(EDFR)と、内皮由来過分極因子 endothelium-derived hyperpolarizing factor(EDHF)です。
EDFRは、一酸化窒素(N0)またはその類縁物質であることが明らかにされています。
アセチルコリンは作用の持続が短く、かつ全身に作用してしまうため、その臨床応用は限られています。
胃腸薬、排尿改善薬
ベタネコールはアセチルコリン類似物質で、アセチルコリンと似たような効果を現します。
しかし、そのニコチン様作用はアセチルコリンより弱いです。
その理由は、ベタネコールの構造にあります。
アセチルコリンは4級アンモニウム化合物であり、この4級アンモニウムがニコチン様作用を示すのに必要です。
しかし、ベタネコールの構造を見ると、β位にメチル基が入っています。このことが、ベタネコールのニコチン様作用を減弱させ、ムスカリン様作用への選択性を高めているのです。
ベタネコールはムスカリン受容体(M 1〜M 5)に作用して胃腸管平滑筋を収縮させ、胃腸運動を高めます。
また、胃酸の分泌を促進する作用もあるため、慢性胃炎、腸管麻痺、麻痺性イレウスに適応があります。
さらに、膀胱にあるムスカリン受容体に作用して排尿筋を収縮させて、膀胱内圧を高めるので、低緊張性膀胱による排尿困難に適応があります。
「医薬品例」
- ベサコリン散5%(ベタネコール)
緑内障の治療薬
瞳孔は、瞳孔括約筋と瞳孔散大筋から成ります。
瞳孔括約筋にはムスカリン受容体(おもにM 3)が分布しており、刺激されることで収縮し、縮瞳します。
一方で、瞳孔散大筋にはα1受容体が分布しており、刺激されることで収縮し散瞳します。
点眼薬としてよく使われる薬は、サンピロ点眼薬(ピロカルピン)です。
ピロカルピンは瞳孔括約筋のムスカリン受容体に作用し縮瞳させるので、診断または治療を目的とする縮瞳に使われます。
また、毛様体筋を収縮させることで眼房水の流出を促進させることで眼圧を下げるので、緑内障の治療に用いられます。
「医薬品例」
- サンピロ点眼液(ピロカルピン塩酸塩)
※緑内障の治療薬について
緑内障の治療薬は眼圧を下げる薬効を持っていますが、その機序は
- 眼房水の流出を促進させる
- 眼房水の産生を抑制する
- 両方の作用をもつもの
の3種類に大別できます。
1.眼房水の流出を促進させる
- 副交感神経作用薬(サンピロ)
- プロスタグランジン製剤(レスキュラ、キサラタン、トラバタンズなど)
- α1遮断薬(デタントール)
2.眼房水の産生を抑制する
- 浸透圧利尿薬(グリセオール)
- β遮断薬(チモプトール、ミケラン、ベトプティック)
- 炭酸脱水酵素阻害薬(ダイアモックス、エイゾプト)
3.両方の作用をもつもの
- 交感神経作用薬(ピバレフリン)
- α、β遮断薬(ハイパジール)
※ニコチン受容体の反応性
アセチルコリンによるムスカリン受容体の刺激は、心拍数減少、血圧低下を表します。
このときニコチン受容体も刺激されていそうですが、ニコチン受容体による反応ははっきりと現れません。
なぜでしょうか。
これは、ニコチン受容体を刺激するには、ムスカリン受容体刺激よりも高濃度のアセチルコリンが必要だからです。
ムスカリン受容体を薬物で十分に遮断した後で大量のアセチルコリンを投与すると、心拍数は増加、血圧は上昇します。
これは、自律神経節、交感神経終末、および副腎髄質に分布するニコチン受容体が刺激されて、交感神経終末からノルエピネフリン、副腎髄質からエピネフリンが放出されるからです。
ムスカリン受容体刺激薬の副作用
ムスカリン(M)受容体は全身に広く分布しています。
しかも、ベタネコールのようなムスカリン受容体作用薬は、ムスカリン受容体のサブタイプに対する選択性が低いので、このことが全身の様々な部分の副作用を発生させる原因となっています。
例えば、ベサコリン散5%(ベタネコール)の添付文書の禁忌項目には、以下のように多くの警告があります。
禁忌項目は、ほとんどがムスカリン受容体が関与しています。
甲状腺機能亢進症の患者
心臓に分布するムスカリンM 2受容体に作用することで、心拍数、収縮力、伝導速度が低下する。これが原因となって心臓の拍動のバランスが崩れ、心房細動による不整脈を起こす可能性が高まる。
気管支喘息の患者
主にムスカリンM 3受容体に作用することで気管支平滑筋を収縮させ、気管支喘息を悪化させる。
消化性潰瘍の患者
胃に分布するムスカリン受容体に作用することで胃酸分泌が促進され、消化性潰瘍が悪化する。
冠動脈閉塞のある患者
おもにムスカリンM 3受容体を介して末梢血管を拡張し血圧を低下させる。結果、冠血流量が減少し、冠動脈閉塞のある患者の症状を悪化させるおそれがある。
強度の徐脈のある患者
心臓に分布するムスカリンM 2受容体に作用することで、心拍数、収縮力、伝導速度が低下する。結果、徐脈を悪化させる可能性がある。
てんかんのある患者
国内での報告はないが、ベサコリン散の大量投与により痙攣発作の報告がある。※インタビューフォームより
パーキンソニズムのある患者
パーキンソン病の原因は、黒質―線条体系のドパミンニューロンの変性・脱落に基づく、線条体のドパミン量の減少と、それに伴うアセチルコリンの相対的増加とされている。
つまり、線条体でアセチルコリンが亢進した状態であるため、ベタネコールのようなムスカリン受容体刺激薬は、さらにパーキンソン症状を悪化させる。