ムスカリン受容体遮断薬(抗コリン薬)
抗コリン薬は臨床でよく使用される薬であり、処方せん医薬品だけでなく、ドラッグストアなどで取り扱っている市販薬(OTC医薬品)にも含まれています。
散瞳薬、鎮痙薬、、消化性潰瘍治療薬、気管支拡張薬、パーキンソン治療薬、統合失調症治療薬の副作用である錐体外路症状(EPS)の予防など、様々な疾患に使用される薬です。
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ムスカリン受容体遮断薬の作用
散瞳薬
点眼薬として使われるムスカリン受容体遮断薬は、眼科的検査や手術の際の散瞳薬として用いられます。
瞳孔括約筋に分布するムスカリン受容体を阻害することで括約筋が弛緩し、瞳孔が開きます。
散瞳薬は作用の発現が速やかで持続が短いものが望ましいです。
また、少量を点眼しても眼の血管、涙管、鼻腔などから吸収が起こるので、全身性または中枢性の副作用が少ないもののほうが安全です。
以上のことから、ベラドンナアルカロイドであるアトロピンはあまり使われなくなり、かわりに臓器選択性が高く副作用の少ない合成アトロピン代用薬(ホマトロピン、トロピカミド、シクロペントラート)が開発されてきました。
「医薬品例」
- 日点アトロピン点眼液1%(アトロピン硫酸塩水和物)
- サイプレジン1%点眼液(シクロペントラート塩酸塩)
- ミドリンM点眼液0.4%(トロピカミド)
- ミドリンP点眼液(トロピカミド+フェニレフリン塩酸塩)
胃腸薬(正露丸など)
ロートエキスは、「正露丸」など総合胃腸薬に含まれている薬です。
ムスカリン受容体遮断作用(抗コリン作用)により、胃の括約筋や胃酸の分泌に関与するムスカリン受容体を阻害するため、胃痙攣の抑制、胃酸分泌抑制作用をしめします。
そのため、胃酸過多、胃炎、痙攣性便秘の治療、疼痛抑制に効果があります。
ちなみに、様々なメーカーが「正露丸」を発売していますが、メーカーによって配合成分が若干違います。
もともと正露丸の名称は、大幸薬品の登録商標でしたが、1974年から普通名称化されたため、他社も「正露丸」という名称を使った商品発売に乗り出しました。
元祖「正露丸」である大幸薬品社製のものはロートエキスを含んでいません。
また、ブスコパン錠(ブチルスコポラミン臭化物)も抗コリン作用により、胃腸の痙攣を抑えたり、胃酸分泌を抑制する作用があります。
処方せん医薬品としてだけでなく、OTC医薬品としても取り扱いがあります。
「医薬品例」
- ロートエキス
- ブスコパン錠(ブチルスコポラミン臭化物)
- プロ・バンサイン(プロパンテリン臭化物)
消化性潰瘍治療薬(胃酸分泌抑制のみ)
アトロピンのようなムスカリン受容体のサブタイプに非選択的な抗コリン薬は、胃酸分泌を抑制することはできますが、胃腸運動の過度な抑制や口渇、散瞳なども副作用も現れます。
対して、消化性潰瘍治療薬であるピレンゼピン(商品名:ガストロゼピン)は、ムスカリンM1受容体に対する選択性が高く、強い胃酸分泌抑制作用を持ちつつ、全身的な副作用が起きにくいという利点から、特に老人に使いやすい薬として評価されてきました。
しかし、最近の消化性潰瘍治療薬はプロトンポンプ阻害剤(PPI)やH2ブロッカーが主流です。
「医薬品例」
- ガストロゼピン(ピレンゼピン塩酸塩無水物)
気管支拡張薬
気管支拡張には従来からβ刺激薬やアミノフィリンが使用されてきましたが、気管支平滑筋に分布するムスカリンM 3受容体がアセチルコリンで刺激されることにより気管支が収縮することから、抗コリン薬がこの収縮を抑制することが発見されました。
しかし、アトロピンは、気道分泌を抑制するとともに分泌液の粘稠度を高めるため、有効な治療薬とはなりえませんでした。
そこで開発されたのが、アトロピンの4級アンモニウム誘導体であるイプラトロピウム(商品名:アトロベント)、オキシトロピウム(商品名:テルシガン)、チオトロピウム(商品名:スピリーバ)です。
気道分泌にあまり影響しないことから、気管支喘息発作の予防に使用されています。
しかし注意しなければならないのは、これらの薬は喘息の発作を予防するだけで、発作を止める効果は期待できない、ということです。
発現効果までに時間がかかることから、あくまで発作の予防に使用されます。
(発作を止めるときには、β2刺激薬のメプチン(プロカテロール塩酸塩水和物)やベロテック(フェノテロール臭化水素酸塩)が使用されます)
また、気道の過敏性を取り除く効果から、慢性閉塞性肺疾患(chronic obstrutive pulmonary disease:COPD)の治療にも用いられます。
タバコの吸い過ぎなどで罹患するCOPDは、気道過敏により、迷走神経からのアセチルコリンの遊離が促進されていることが、1つの原因です。
気管支平滑筋のムスカリンM 3受容体を阻害することで優れた気管支拡張効果を示すことから、慢性の気道閉塞障害に対する維持療法薬として使用されます。
「医薬品例」
- アトロベント(イプラトロピウム臭化物水和物)
- テルシガン(臭化オキシトロピウム)
- スピリーバ(臭化チオトロピウム水和物)
パーキンソン病治療薬、統合失調症治療薬の副作用(EPS)抑制
パーキンソン病は黒質-線条体系のドパミン量が低下し、相対的にアセチルコリンが増加する疾患です。
線条体では、ドパミンが抑制的に、アセチルコリンが促進的に働いて不随意運動を調節しているため、このバランスが崩れるとパーキンソニズムと言われる症状(無動・振戦・筋固縮)が起こるわけです。
このバランスのずれを修正するために、抗コリン薬が使用されます。
パーキンソン病に用いられる抗コリン薬は、特に振戦を伴う軽症例に有効です。
一方で、統合失調症治療薬の副作用である錐体外路症状(EPS)にも、抗コリン薬が使用されます。
EPSの早期症状はパーキンソニズムがもっとも多いですが、アカシジア(じっと座っていられないなど)、ジストニア(筋緊張異常による奇異な姿勢や運動、眼球上転など)も少なくありません。
これらの副作用は、統合失調症治療薬の強力なドパミンD2受容体遮断作用により、相対的にアセチルコリンが優位となるために発生します。つまり、統合失調症治療薬が効きすぎて、パーキンソン病と同じ状態になっているといえます。
統合失調症治療薬の定型薬と呼ばれる薬はとくにドパミンD2受容体遮断作用が強いため、EPSは常に注意しなければならない副作用です。アーテン(トリヘキシフェニジル塩酸塩)やペントナ(マザチコール塩酸塩水和物)などの抗コリン薬は、定型薬とセットで処方されることが多いです。
注意しなければならないのは、統合失調症治療薬の副作用の中でもやっかいな、遅発性ジスキネジアです。
統合失調症治療薬を半年以上投与された後に現れる、口周囲や顔面を中心とした不随意運動(口をもぐもぐさせるなど)です。初期であれば可逆的であるとされていますが、進行すると慢性化してしまいます。
遅発性ジスキネジアには抗コリン薬は症状を悪化させるため、投与してはいけません。対策としては、投与薬の減量、中止や、遅発性ジスキネジアの発生頻度が低い非定型薬への変更しかありません。
「医薬品例」
- アーテン(トリヘキシフェニジル塩酸塩)
- アキネトン(ビペリデン)
- トリモール(ピロヘプチン塩酸塩)
- ペントナ(マザチコール塩酸塩水和物)
ムスカリン受容体遮断薬の副作用
抗コリン薬とも呼ばれるムスカリン受容体遮断薬は、口渇、眼圧上昇、排尿障害など全身性の副作用をもつことで有名です。
その原因は、以下のように説明できます。
ムスカリン受容体のサブタイプ(M 1〜M 5)は全身に広く分布しています。
また、心臓のムスカリン受容体はほとんどがM 2型ですが、それ以外の効果器においては複数種のサブタイプが混在しています。
ムスカリン受容体遮断薬の多くはサブタイプに対する選択性が低く、しかもムスカリン受容体のサブタイプは全身に分布しているため、「効かせたくないところ」にも抗コリン作用が効いてしまい、副作用が発生するわけです。
基本的に抗コリン作用をもつ薬は、「緑内障、前立腺肥大、心疾患、麻痺性イレウス」などの副作用に注意しなければならないと覚えておきましょう。
ただし、局所に作用する点眼薬や、サブタイプに選択性のある薬は、全身性の抗コリン作用が比較的すくないものもあります。
ミドリンM点眼液0.4%(トロピカミド)などムスカリン受容体遮断薬の点眼薬は、緑内障をもつ患者に禁忌となっています。
緑内障治療薬であるムスカリン受容体刺激薬(ピロカルピンなど)は、毛様体筋と瞳孔括約筋に分布するムスカリン受容体に作用することでこれらを収縮させ、シュレム管からの眼房水の流出を促すことで眼圧を下げます。
しかし、ムスカリン受容体遮断薬は上記の反応と逆の作用を起こさせるため、眼圧を上げ緑内障を悪化させてしまうのです。
点眼薬は眼の血管、涙管、鼻腔からわずかながら吸収されるので、全身性の副作用も注意しなければなりません。
しかし、吸収される量はわずかなので、前立腺肥大、麻痺性イレウスなどには禁忌となっていません。
スピリーバ(臭化チオトロピウム水和物)などの気管支拡張薬も局所に作用する薬で、その効果は比較的気道に限られているように思えます。
しかし、吸入することから全身性の副作用も十分発生しうるため、前立腺肥大、緑内障に禁忌となっています。
消化性潰瘍治療薬であるピレンゼピン(商品名:ガストロゼピン)はムスカリンM1受容体を選択的に阻害するため、全身性の副作用がほとんどない薬です。前立腺肥大、緑内障、心疾患、麻痺性イレウスなどに禁忌となっていません。