コリンエステラーゼ阻害剤

ムスカリン受容体を介する薬物は、その作用様式から以下のように2つに分類できます。

 

  1. 直接作用型:ムスカリン受容体作用薬
  2. 間接作用型:コリンエステラーゼ阻害薬

 

ここでは、間接作用型であるコリンエステラーゼ阻害剤について説明します。

 

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コリンエステラーゼとは

 

コリンエステラーゼとは、コリンエステル類を加水分解する酵素であり、2種類があります。

 

アセチルコリンエステラーゼ

 

真性コリンエステラーゼ
神経組織、赤血球などに存在。
神経組織にあるコリン作動性神経の神経伝達物質であるアセチルコリンを、酢酸とコリンに分解する。

 

ブチリルコリンエステラーゼ

 

偽コリンエステラーゼ
肝臓、血清などに存在。
アセチルコリンを含む様々なコリンエステル類を分解する。
健康診断などで検査されるChE。

 

神経終末部でのアセチルコリンのふるまい
※副交換神経節後線維終末膨大部でのアセチルコリンの動態

 

神経終末部からシナプスへ放出されたアセチルコリンはアセチルコリン受容体へ結合するが、一部はコリンエステラーゼにより酢酸とコリンに分解される。
酢酸は体循環へいくが、コリンは取り込み機構により再利用される。
再び神経終末膨大部へ取り込まれたコリンは、コリンアセチルトランスフェラーゼの働きによりアセチルCoAと結合し、アセチルコリンが再合成される。

 

 

 

コリンエステラーゼ阻害剤

 

コリンエステラーゼ阻害剤は、アセチルコリンを加水分解するコリンエステラーゼの作用を阻害することで、コリン作動性神経の機能を増強します。

 

結果、コリン作動性神経が分布している部位(副交感神経の効果器、骨格筋など)に対するアセチルコリンの作用が強まります。

 

重症筋無力症治療薬

 

重症筋無力症とは、骨格筋に分布するニコチン受容体に抗アセチルコリン受容体抗体が結合し、アセチルコリンによる神経と筋肉の情報伝達を阻害するため筋肉の脱力や疲労感が起こる、自己免疫疾患です。

 

コリンエステラーゼ阻害剤は、コリンエステラーゼを阻害することで分解されるアセチルコリンの量を減らし、神経ー筋接合部の情報伝達を強める効果があります。
コリンエステラーゼ阻害剤を重症筋無力症に使用する場合は、抗コリン薬を併用してムスカリン受容体を阻害しておく必要があります。

 

以下の薬はいずれも4級アンモニウム構造を有するため中枢へ移行しにくいことが特徴です。

 

「医薬品例」
  • ワゴスチグミン散(0.5%)(ネオスチグミン臭化物)
  • メスチノン錠(ピリドスチグミン臭化物)
  • マイテラーゼ錠10mg(アンベノニウム塩化物)
  • アンチレクス静注10mg(エドロホニウム塩化物)

 

コリンエステラーゼ阻害剤は、以前は重症筋無力症の治療薬の第一選択薬として用いられていましたが、現在では胸線摘出とプレドニゾロン投与による免疫療法がメインとなり、コリンエステラーゼ阻害剤は補助的に使われています。

 

ウブレチド(ジスチグミン臭化物)は、臨床でよく使われるコリンエステラーゼ阻害剤です。
重症筋無力症の他に、手術後及び神経因性膀胱などの低緊張性膀胱による排尿困難に適用があります。

 

しかし、毒薬指定の薬であり、コリン作動性クリ―ゼなど重篤な副作用が報告されているリスクの高い薬でもあります。
調剤薬局では、ウブレチドの過剰投与、取り間違いによる死亡事故も報告されており、注意が必要な薬です。

 

「医薬品例」
  • ウブレチド錠5mg(ジスチグミン臭化物)

 

※サリンとPAM(パム)

 

コリンエステラーゼ阻害剤を語る上で忘れてはならないのが、オウム真理教による無差別テロです。

 

サリンの合成に成功したオウム真理教は、松本サリン事件(1994年)、地下鉄サリン事件(1995年)の2回に渡ってサリンをテロに使用し、多数の犠牲者を出しました。

 

サリンはコリンエステラーゼ阻害剤であり、非常に殺傷能力が高く、全身的な神経障害を起こします。

 

自覚症状は、初期段階は視覚障害(目がチカチカする、視界が暗くなる)などの異常を感じますが、これは縮瞳によります。瞳孔括約筋に分布するムスカリン受容体が刺激されることにより瞳孔括約筋が収縮し、瞳孔が収縮します。

 

次にはくしゃみや鼻水、涙などが止まらなくなったり、除脈、血圧上昇など、全身に分布するムスカリン受容体が強力に刺激されることによって起こる症状が、どんどん強くなります。

 

そして、重症化すると、呼吸困難、全身痙攣、こん睡などが起こり、死亡します。
コリンエステラーゼ阻害剤は、低用量では副交感神経の効果器に選択的に作用が現れるのですが、大量では逆に神経ー筋接合部の伝達が遮断され、骨格筋麻痺が現れるのです。

 

サリンの危険性は、ごく少量で死亡に至らしめることができる殺傷能力と、皮膚からも吸収され毒性を現す経皮毒性です。
地下鉄サリン事件では、信者がサリンを入れたビニール袋を地下鉄内に持ち込み、傘の先端で穴をあけることで周りにサリンを拡散させ、多くの被害者を出しました。

 

当時「サリンの症状が、有機リン化合物の農薬の中毒と似ている」と判断した医師らは、PAM(パム)を投与することで多くの被害者を救いました。
PAMは、プラリドキシム(pyridine-2-aldoxime methiodide)の頭文字から「パム」と呼ばれます。
農薬に使われる有機リン化合物の解毒薬であり、コリンエステラーゼ再賦活薬です。リン酸化されたコリンエステラーゼからリン酸基を脱離させることで、活性を回復させます。ただし、PAMは中毒の初期に投与しないと効果がありません。

 

サリンはもともと、有機リン系殺虫剤を開発する過程で発見された物質でしたが、毒性があまりも強く危険であるため、軍事上の化学兵器以外の用途はありません。

 

第二次世界大戦中に、ナチスはサリンの大量生産を計画し、敗戦までに7000トン以上のサリンを貯蔵していたらしいです。
しかし、終戦まで一度も使うことはありませんでした。
アドルフ・ヒトラーの側近だったヨーゼフ・ゲッべルスは「サリン」の軍事利用を提案しましたが、第一次世界大戦で毒ガスによる一過性の障害を受けていたヒトラーは、最後まで部下の進言を聞き入れなかったそうです。
かといって彼が、20世紀最大の殺戮者の一人ということは変わりませんが……。

 

なお、自衛隊や警察、海上保安庁の対テロ訓練では、サリンの散布によって多数の死傷者が発生するといった状況が想定されていることも多いです。
それは、北朝鮮がサリンを大量に保持しているという疑いがあることも影響しているでしょう。

 

アルツハイマー型・レビー小体型認知症の進行抑制薬

 

コリエステラーゼ阻害剤で重要な薬は、認知症治療薬です。

 

アルツハイマー型及び、レビー小体型認知症では、脳内のアセチルコリン作動性神経系に顕著な障害が認められます。

 

アセチルコリンは脳内での重要な神経伝達物質であるため、アセチルコリンが減少することで、記憶障害、情動障害など認知症の症状が起こるわけです。

 

ドネペジルなどの認知症治療薬はアセチルコリンエステラーゼ阻害作用をもち、シナプス間で分解されるアセチルコリンの量を増やすことで、認知症の症状を緩和します。

 

認知症の治療薬は「認知症の進行を抑える薬」と表現されることが多いですが、これは適切ではないかもしれません。

 

認知症のメカニズムはまだ解明されておりませんが、有力である学説は「βアミロイド説」です。
βアミロイドが沈着し、タウタンパクが蓄積して神経原繊維変化が生じ、アセチルコリン神経に障害がおこるという説ですが、
現在発売されている認知症治療薬は、アセチルコリン神経の障害そのものを治療する(進行抑制する)効果はありません。
つまり、減っていくアセチルコリンをなんとか増やしているだけで、病気の進行そのものを抑制する効果はないわけです。

 

そのため、認知症治療薬の効果はかなり限定的で個人差があり、人によってはほとんど効果を実感できないこともあります。

 

また、以下の認知症治療薬は、レビー小体型に適応がないものがある点も注意です。

 

いくつかある認知症のうち、アルツハイマー型は約50%を占め、血管性は30%、レビー小体型は10%ほどです。

 

アリセプトはアルツハイマー型とレビー小体型両方に適応がありますが、それ以外のレミニール、イクセロン、リバスタッチはアルツハイマー型しか適応がありません。今後、レビーへの適応を待たれている薬です。

 

「医薬品例」
  • アリセプト(ドネペジル)
  • レミニール(ガランタミン臭化水素酸塩)※レビー小体型に適応なし
  • イクセロン、リバスタッチ(パッチ剤)(リバスチグミン)※レビー小体型に適応なし

 

 

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