慢性心不全治療薬の種類と特徴
慢性心不全は、「慢性的に心臓の働きが低下している」状態であり、基本的には完治は望めません。
薬物治療は対症療法であり、できるだけ心臓の機能を維持するために、さまざまな薬理作用の薬が用いられます。
代表的な慢性心不全の薬をまとめました。
※慢性心不全に用いられる薬は、降圧剤(ACE阻害薬、ARB、利尿薬など)として用いられるものも多いです。
「代表的な高血圧治療薬 」も併せてご覧ください。
スポンサーリンク
慢性心不全治療薬の作用点
慢性心不全治療薬には様々なものがありますが、大きく4つに分類できます。
強心薬
心臓のポンプ機能を高める薬です。
- ジギタリス製剤
- カテコールアミン
- ホスホジエステラーゼ(PDE)V阻害薬
などがあります。
β遮断薬
心臓の働きを抑える効果があります。
働きすぎの心臓を休ませることで、心臓の働きをある程度回復させると考えられています。
心拍数が多くなる心不全(拡張型心筋症など)に効果があるとされています。
前負荷を軽減する薬
心不全は心臓の働きが弱っている状態なので、心臓の負担を軽くすることが必要です。
血液が静脈から心臓に流れこむときに心臓にかかる負荷を「前負荷」といいます。
心臓に戻る血液量が多ければ、当然心臓にかかる負担も増えます。
それなら、静脈を広げていったん血液をプールすれば、心臓にもどる血液量が少なくなり、心臓の負担が減るはずです。これを「前負荷の軽減」といいます。
静脈を拡張して前負荷を軽減する作用を持つ薬としては
- 硝酸薬
- ACE阻害薬
- ARB
があります。
また、利尿薬は利尿作用により肝臓などの内蔵のうっ血や末梢の浮腫を改善することで、前負荷を軽減する作用があります。
後負荷を軽減する薬
心臓が弱れば、当然血液を送り出すポンプとしての機能も低下します。
それなら、動脈を拡張すれば心臓から血液を送りだすときの圧力が減り、心臓の負担は軽減されるはずです。
これを「後負荷の軽減」といいます。
動脈を拡張して後負荷を軽減する作用をもつ薬には
- 硝酸薬
- ACE阻害薬
- ARB
- Ca拮抗薬
があります。
※Ca拮抗薬は心不全の予後改善効果については、はっきりとした評価を得ていない
慢性心不全の重症度と薬物治療
慢性心不全治療ガイドライン(2010年改訂版)、2013/9/13更新版、p23、https://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2010_matsuzaki_h.pdf、2016/4/30閲覧
心不全の重症度分類
、心不全の程度や重症度を示す分類としては、
- NYHA(New York Heart Association)心機能分類
- AHA/ACC (American Heart Association / American College of Cardiology)ステージ分類
があります。
慢性心不全治療ガイドライン(2010年改訂版)では、これらを基準にして薬物選択を行っています。
NYHA(New York Heart Association)分類
患者の自覚症状から判断する心不全の分類基準です。
T度 |
心疾患はあるが身体活動に制限はない. |
---|---|
U度 |
軽度の身体活動の制限がある.安静時には無症状. |
V度 |
高度な身体活動の制限がある.安静時には無症状. |
W度 |
心疾患のためいかなる身体活動も制限される. |
(付) | Us度:身体活動に軽度制限のある場合 |
Um度:身体活動に中等度制限のある場合 |
急性心不全治療ガイドライン(2011年改訂版)、2013/9/20更新版、p8 、https://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2011_izumi_h.pdf、2016/4/30閲覧
AHA/ACC (American Heart Association / American College of Cardiology)ステージ分類
ステージA | 危険因子を有するが、心機能障害がない |
---|---|
ステージB | 無症状の左室収縮機能不全 |
ステージC | 症候性心不全 |
ステージD | 治療抵抗性心不全 |
慢性心不全治療ガイドライン(2010年改訂版)、2013/9/13更新版、p23-24、https://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2010_matsuzaki_h.pdf、2016/4/30閲覧
慢性心不全治療薬の種類と特徴
アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬
軽症から用いられる第一選択薬
昔はジギタリス製剤などの強心薬と利尿薬が心不全の第一選択薬でしたが、
近年はアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬が軽症〜重症例に広く用いられています。
ACE阻害薬は心不全の急性期に対する効果は期待できませんが、
慢性心不全患者の予後を長期的に改善することが認められています。
レニン-アンジオテンシン系(RA系)を抑える
RA系が活性化することで、体内で水やナトリウムが増え、血圧が上昇します。
血圧上昇は心臓に負担をかけ、心肥大、最終的には心室の拡張・心機能の低下につながります。
ACE阻害薬は、アンジオテンシン変換酵素の働きを阻害することで、
レニン-アンジオテンシン系(RA系)の悪循環を断ち切ります。
※ACE阻害薬の薬理作用、副作用に関する記事→代表的な高血圧治療薬
安全性が高い
ACE阻害薬で有名な副作用といえば「空咳」がありますが、重篤な副作用はありません。
強心薬などと比較して安全性が高いことも、長期的に用いられる理由の一つです。
慢性心不全(軽症〜中等症)に適応のあるACE阻害薬
一般名 | 商品名 |
---|---|
エナラプリルマレイン酸塩 | レニベース |
リシノプリル水和物 | ロンゲス / ゼストリル |
アンジオテンシンU(A-U)受容体拮抗薬(ARB)
ACE阻害薬が使えない時に
ARBもACE阻害薬と同じく、レニン-アンジオテンシン系の悪循環を断ち切ることで心不全の予後を改善します。
ARBとACE阻害薬の心不全予防効果は同等とされていますが、ARBのほうが副作用が少ないという報告もあります。
空咳などの副作用でACE阻害薬が使えない場合に、ARBを用いることが多いようです。
※ARBの薬理作用、副作用に関する記事→代表的な高血圧治療薬
慢性心不全(※)に適応のあるARB
※ACE阻害薬の投与が適切でない場合の慢性心不全(軽症〜中等症)
一般名 | 商品名 |
---|---|
カンデサルタンシレキセチル | ブロプレス |
β遮断薬
β遮断薬は心臓の働きを抑える薬なので、心不全に使うことを不思議に思うかもしれません。
たしかに、以前は心不全にβ遮断薬は禁忌とされていたのですが、最近では少量から用いることで心臓の機能を改善する効果が認められています。
とくに、拡張型心筋症など心拍数が多い心不全には、ACE阻害薬などの基本薬と併用することで改善効果が期待できます。
その機序はよく分かってないのですが、β遮断薬の心機能抑制作用が働きすぎの心臓を休ませることになり、ある程度心臓の働きが戻るようです。
慢性心不全(※)に適応のあるβ遮断薬
※虚血性心疾患又は拡張型心筋症に基づく慢性心不全(ACE阻害薬、ARB、利尿薬、ジギタリス製剤等で治療中)
一般名 | 商品名 |
---|---|
カルベジロール | アーチスト |
ビソプロロールフマル酸塩 | メインテート |
利尿薬
心不全の軽症例から用いられる代表的な薬です。
特に、うっ血が強い心不全に用いることで、浮腫や呼吸困難を改善する効果があります。
※:うっ血:静脈や毛細血管内の血流が停滞し増加した状態
心不全によって血液が上手く循環しなくなると、肝臓などの内蔵のうっ血、末梢の浮腫が起こります。
利尿薬は利尿作用により、うっ血、浮腫を改善する効果があります。
さらに、肺うっ血による呼吸困難にも効果があります。
低カリウム血症に注意
ループ系やサイアザイド系の利尿薬は、低カリウム血症に注意が必要です。
ジギタリス製剤と併用している場合、ジギタリスの作用が増強され、ジギタリス中毒を起こしやすくなります。
代表的な利尿薬
ループ系利尿薬
一般名 | 商品名 |
---|---|
フロセミド | ラシックス |
ブメタニド | ルネトロン |
トラセミド | ルプラック |
サイアザイド系利尿薬
一般名 | 商品名 |
---|---|
ヒドロクロロチアジド | ニュートライド |
トリクロルメチアジド | フルイトラン |
ベンチルヒドロクロロチアジド | ベハイド |
バソプレシン拮抗薬
ループ系利尿薬などを用いても効果が十分ではない場合、バソプレシン拮抗薬が用いられます。
2010年に発売したサムスカ(トルバプタン)は、バソプレシンV2-受容体拮抗作用により利尿作用を示す、新しい機序の利尿薬です。
サムスカの大きな特徴は、電解質に影響せず水のみ排出することです。
ループ系利尿薬、サイアザイド系利尿薬を増量しても効果が不十分であり、電解質異常も懸念される場合に最適と言えます。
しかし、サムスカの投与で、急激な水利尿による脱水症状、高ナトリウム血症が報告されているため、投与は入院して始めることとされています。
バソプレシン拮抗薬
一般名 | 商品名 |
---|---|
トルバプタン | サムスカ |
※利尿薬の薬理作用、副作用に関する記事→代表的な高血圧治療薬
抗アルドステロン薬
抗アルドステロン薬はカリウム保持性利尿薬とも呼ばれます。
抗アルドステロン薬の薬理作用として
- 利尿作用
- 心血管系の線維化(リモデリング)の抑制
があります。
重症心不全の予後を改善する効果があります。
抗アルドステロン薬
一般名 | 商品名 |
---|---|
スピロノラクトン | アルダクトンA |
トリアムテレン | トリテレン |
カンレノ酸カリウム | ソルダクトン |
エプレレノン | セララ |
※セララの適応症は「高血圧」のみ。慢性心不全には保険適応外となる
ジギタリス
ジギタリスを代表とする強心配糖体の歴史はとても古く、古代エジプトや中国でむくみに用いられていた記録があります。
1930年代になって、うっ血性心不全の特効薬として用いられるようになりました。
ジギタリスは軽症から重症例で広く用いられます。
薬理作用
ジギタリスは心筋収縮力を増強する作用をもちながら、徐脈作用も併せ持っています。
つまり、心臓のポンプの力を強くしつつ、脈拍数は増やさない、という特徴をもつのです。
そのため、ジギタリスは頻脈性心房細動を合併した慢性心不全の治療に最も有効とされています。
さらに、腎臓においてナトリウムの再吸収を抑制することで、利尿作用も示します。
ジギタリス中毒
ジギタリス中毒は、ジギタリスの薬効が強く出過ぎることによる副作用です。
主な症状として
- 不整脈(徐脈、頻脈などあらゆるタイプ)
- 消化器症状(悪心・嘔吐、下痢など)
があります。
中毒を起こしやすくする症状に、低カリウム血症があります。
腎機能に合わせて用量を調節
ジギタリスは腎排泄なので、腎機能が低下している患者に投与する場合は注意が必要です。
ジギタリス中毒が起こりやすくなります。
注意すべき相互作用
ジギタリスは、心筋細胞膜のNa(+)とCa(2+)を交換する系に作用して、細胞内Ca(2+)の濃度を上昇させることで薬効を示します。
そのため、カルシウム注射剤との併用は禁忌です。静注により急激にカルシウムの血中濃度が上昇すると、ジギタリス毒性が増強します。
さらに、カテコールアミン製剤、甲状腺製剤は、ジゴキシンの強心作用や中毒を増強します。
また、β遮断薬、Ca拮抗薬(とくに心筋収縮抑制作用を持つベラパミル、ジルチアゼム)との併用で徐脈が増強されるため慎重に投与しなければなりません。
代表的なジギタリス製剤
一般名 | 商品名 |
---|---|
ジゴキシン |
|
メチルジゴキシン | ラニラピッド |
デスラノシド | ジギラノゲン |
経口強心薬
経口強心薬に関する臨床試験は、1980年代からたびたび行われているのですが、否定的な結果に終わっています。
急性期の強心薬の意義は認められていますが、慢性期における経口強心薬の評価はあまり高くはありません。
しかし、生活の質の改善(QOL)、静注強心薬からの離脱時などにおいて、その有用性は認められてもいいという意見もあります。
一般名 | 商品名 |
---|---|
ピモベンダン(PDEV阻害薬) | アカルディ |
ドカルパミン(カテコールアミン製剤) | タナドーパ |
デノパミン(カテコールアミン製剤) | カルグート |
静注強心薬
急性心不全や、難治性心不全の場合には、静注強心薬が投与されます。
静注強心薬には
- ジギタリス製剤
- カテコールアミン製剤
- ホスホジエステラーゼ(PDE)V阻害薬
があります。
※静注強心薬に関する記事⇒急性心不全に用いられる薬〜血管拡張薬と強心薬〜
α型ヒト心房性ナトリウム利尿ポリペプチド製剤(h-ANP)
α型ヒト心房性ナトリウム利尿ポリペプチド製剤(h-ANP)のハンプ(カルペリチド)は、受容体に結合し、
細胞内のcGMPを増加させることで、血管拡張作用、利尿作用を示す薬です。
利尿作用があることから、尿排泄が不十分な難治性心不全に用いられます。
しかし、強心作用はないため、カテコールアミン製剤などの強心薬と併用して急性心不全に用いられます。